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優れた戦略があっても「思い」がなければ事業は作れない / 老舗ハナマルキ変革の舞台裏(前編)

原材料は米こうじと塩のみ。シンプルながら食材本来のうま味を引き出し、料理に上品な味わいを加える。一時期大きく話題になった塩こうじを、シーンを問わず扱いやすい液状にした唯一無二の万能調味料「液体塩こうじ」は、100年以上続くハナマルキの歴史の中で培われた技術力と、ものづくりに真摯に向き合う姿勢の賜物として生まれた。


家庭用・業務用と幅広いニーズに応える同製品だが、発売当初は認知度のなさなど逆境に直面していた。特に最大の壁は社外ではなく、社内にあった。老舗企業ゆえに新しい取り組みへの偏見や反発は大きい。そんななか「液体塩こうじ」を同社のみそと並ぶ看板商品へと育て上げるべく、2013年に参画した現・同社取締役の平田伸行氏。


のち「老舗だけどベンチャー企業」へと変貌を遂げた同社で何があったのか。「液体塩こうじ」以降、何が変わったのか。全ては「人」から始まるという信念のもと変革を主導した平田氏に、組織や採用の観点から見るハナマルキについて、前後編からなるインタビューで伺った。





▼後編

「液体塩こうじ」への取り組みが企業風土を変えた / 老舗ハナマルキ変革の舞台裏



「液体塩こうじは売れません」と、社員は言った


──今やハナマルキを代表する製品の一つとなった「液体塩こうじ」ですが、2012年の発売当初は売り上げが伸びず、社内でも懐疑的な声が大きかったと伺っています。翌年入社された平田さんから見て、当時の状況はいかがでしたか?



元々「塩こうじブーム」がきっかけで「液体塩こうじ」が生まれたわけですが、私が入社した頃はブームが終わった状況でした。それでも、当時の社長(現 会長)と常務(現 社長)は「液体塩こうじは基礎調味料としての大きな可能性がある」と考えていて。私も「液体塩こうじ」に魅力を感じて入社し、日々その可能性を追求していたのですが、社内ではポジティブに語られているシーンは少なかった。


ある日、私がオフィス内にあるキッチンで、液体塩こうじメニューの試作をしていると、ある社員から「液体塩こうじは売れませんよ」と言われたこともありました。


私は「液体塩こうじ」を含めた塩こうじ事業を「将来的に幹になる事業にしないといけない」と考えていましたが、「事業を作る」という考え自体、なかなか社内で共有できないもどかしさがありました。それまで、みそ・即席みそ汁主体で、ほかの事業がなかったわけですから、それは仕方がないことでもあったと思います。


一つの打開策は「採用・人材」だと思っていました。「液体塩こうじ」は今までにない製品であり新規事業だったので、開拓精神を持って事業作りを進められる人が組織に必要だと思ったんです。よく私は洞窟にたとえて話すのですが、暗い洞窟の中に入ってドリルはありますと。ただ、穴を掘らないとそこからは出られませんという状況の中で、どこを掘ればいいか分からなくても、とりあえずドリルを持って堀りにいく、そういう人が必要だなと。どこを掘るか考えてばかりだと、前に進まないんですよね。


それまでの弊社は「確証のない穴を掘ることに慣れていない」といったところでしょうか。当時の「液体塩こうじ」の場合には、とにかく掘ってみないと分からない、「根拠はないんだけどとりあえず掘りました」みたいなことができる、不確定要素の高いところに飛び込んで行ける人材が必要でした。


もちろん、当時の社員たちも果敢に攻めていましたが、新しく入ってくる人材が受け身な人材だったりすると、足を引っ張りかねないことになりますし、弊社の場合は社員数が多くなく、社員1人が持つ影響力が大きいところから、今後「液体塩こうじ」の成長とともに増えていく人材採用を繊細に進めることが事業成功のカギを握ると考えていました。


──その過程で平田さん自身が採用を見られるようになったそうですが、どんな背景があったのでしょうか?


中途採用の方は早くから私の方で担当しました。当時の人事部の仕事を奪ったようなことになりましたが、「気を遣っている場合でもない」と思っていました。事業を作る、というのはそんなに簡単なものではない、多少の軋轢は仕方がない。私もそれなりの覚悟を持ってハナマルキに入社して、「液体塩こうじ」を成功させたかったわけですから、後に後悔をするようなことにはしたくなかった。新卒採用はサポート的に見ていましたが、2020年からは新卒採用も私の方で直接担うことにしました。


平田伸行
ハナマルキ株式会社 取締役 マーケティング部長 兼 広報宣伝室長
広島県出身。広島大学経済学部卒業。1990年、株式会社リクルートに新卒で入社。人材採用広報の制作ディレクターを経験後、新組織の立ち上げや自社の宣伝を担う。2010年より、急成長中のアパレル企業に移り、宣伝広報部門の立ち上げを担った後、執行役員社長室長に就任。急成長期にあった同社の組織体制強化を任され、人事・システム・CS窓口など全方位的に体制の見直し・強化をおこなう。その後、2013年6月よりハナマルキ株式会社に参画。


ある程度、採用の仕事は経験があったというのも後押ししました。リクルートで広島の支社にいた時に、制作・宣伝の仕事をする傍らで、自部門の採用も自分の責任で進めていました。当時のリクルートでは、地方支社の社員は支社で採用するというルールだったんです。最初はなんで東京の人事部がサポートしてくれないんだとも思いましたが、今振り返ると貴重な経験になりました。ラッキーでしたね。


リクルート時代に採用面接やSPIテストを見極める経験は積んでいて、採用の成功、失敗、いろいろな体験ができました。リクルートを退職後、ハナマルキの前職のアパレルベンチャーに宣伝広報として入社したのですが、当時は会社の売り上げがすごい勢いで伸びていたので中途採用、特に幹部社員の採用強化が必要とされていて。リクルートの時の経験から、採用についての改善案が私自身の中にあったため、専門の宣伝広報に加え、採用の仕事も並行して担わせていただきました。


そういった経験があったので、ハナマルキに入社後も、むしろ宣伝広報と採用を両立していきたいという考えでした。



テクニックではなく「思い」が事業を作る


──「人」に着目される平田さんの原点はどこにあるのでしょうか?


元々、リクルートにいた時から「人材採用」は経営において非常に大事な要素であると思っていましたが、実際に自分で採用活動を経験して、よりその重要さが理解できました。


リクルート、アパレルベンチャーで採用を担って学んだことは、新しく入ってくる人材の力量がその後の企業成長に大きく影響するということです。優れた成長戦略を立てて変えていこうとしても、社員たちがその戦略に共感し、力強く進めてくれないと戦略は実現できない。だから、ハナマルキに入社してからも、成長していくには新規採用がかなり重要になると考えていました。


採用で重視しているのは「私たちの事業に対しての思いが強いか」です。「液体塩こうじ」をなんとしてでも売るんだというモチベーション、動機の強さがないと、入社後にいくらこちらから訴えても共感してもらえないので、うまくいかないんですよね。


だからこそ採用を自分で担って、その「思いの強さ」を自分で見極める必要があります。



──なぜ、「思い」が大切だと考えられるのですか?


リクルート時代に「タウンワーク」や「SUUMO」といったフリーペーパーを地方で展開していく新規事業に携わっていた時に得た学びです。


たとえば、広島や熊本、鹿児島など、そういった地方に「タウンワーク」を新しく発刊しようとするのですが、だいたい地方には地元に根付いた強い求人誌があるんですよ。そこがライバルになるので、ただ単に「タウンワークに求人を載せてほしい」と言ってもなかなか変えてくれない。お客様からすれば、求人誌を変える理由がないんですよね。


そこを変えるために、営業の社員が何度も飛び込み訪問をし、「しつこい!」と怒られてもめげずに飛び込んでいく、ということをやっていたんです。この手法で「タウンワーク」は事業を膨らませてきたわけです。


飛び込み営業の繰り返し、という手法は「事業に対する強い思い」がないと完成しない。「思い」がビジネスを作っていく過程を見ていたから、そこでの経験が大きいですね。今振り返ると、いい経験をさせてもらったなと思います。新しい事業を作るときというのは、優れた戦略だけでなく、「思い」を積み重ねていかないとうまくいかないということを体験できました。



トップ自ら先頭に立つ覚悟 


──実際に「思い」でハナマルキの組織はどのように変わっていったのでしょうか?


「液体塩こうじ」を売りはじめた初期の頃に「塩こうじ会議」という社内横断プロジェクトを立ち上げました。塩こうじの売り方だけを考える会で、社内で塩こうじに興味関心を持ってもらうための一つの施策でした。ある時、この会議の中で「液体塩こうじを広めるために、まずは知人友人家族に1本ずつ配りましょう」という提案をしたんです。


それに対して、ある社員から「そんな1本ずつ配ってどうなるんですか?」みたいなことを言われました。先ほどの新規事業の話で、リクルートの時に、1軒1軒何回も飛び込みをして事業が形になっていくところを私は見てきましたから、新しい事業は最初はこういう地道な取り組みをやっていかないといけないと言っても「たくさん販売するためにはテレビCMをやった方が効果的」という話になりました。



また、「液体塩こうじ」は消費者のみなさんからすると「使い方が分からない」ことが課題で、そのためスーパーの店頭で試食販売を実施していましたが、外部のスタッフさんに全部任せきりで、会議では「今日は売り上げが何本でした」とだけ報告していたんです。


売上本数は少ないし、「液体塩こうじ」って1日販売してもこれしか売れないのかなという思いもあって、ある日、私が1日店頭に立って販売をしてみたんです。すると「液体塩こうじ」に対するお客様の認知、反応、どういうトークが刺さるのかなど、たくさんのことが分かったうえに、たくさん販売もできました。これはきっとみんなで店頭に立てば、たくさんのノウハウが社内で生まれるし、販売数も増える。みんなで店頭に立って、売るための知恵を持ち寄ろうと、塩こうじ会議で提案することにしました。


ただ、それまで店頭販売に立つという習慣がなかったので、「みんなでやろうよ」と言っても、みんな嫌がるだろうなとは思っていて。勇気をもって提案したら、花岡俊夫社長(現 会長)が「私がやるよ」と真っ先に手を挙げてくれたんです。私は社長が店頭に立つという考えはありませんでしたから、これには驚きました。


社長がやると言えば、みんなやらざるをえません。結局、全社員が店頭に立つ、という販売キャンペーンにまで発展しました。今振り返ると、これまでの塩こうじ事業の成長は、このエピソードがきっかけになっていたと思っています。「愚直な取り組み」「事業への思い」が、この販売キャンペーンから徐々に社内で定着しはじめたように感じます。(後編へ続く)




 POINT 
・ 優れた戦略があっても、人の「思い」がなければ新規事業は作れない
・ 愚直な取り組みを通じてこそ、社員の心は一つになっていく



2024.11.20

文・引田有佳/Focus On編集部



▼後編

「液体塩こうじ」への取り組みが企業風土を変えた / 老舗ハナマルキ変革の舞台裏

▼過去記事(平田伸行の人生に迫るストーリー)

逆境を成功にかえる方法 ― 世界に知られていない日本の伝統の挑戦



平田伸行

ハナマルキ株式会社 取締役 マーケティング部長 兼 広報宣伝室長

広島県出身。広島大学経済学部卒業。1990年、株式会社リクルートに新卒で入社。人材採用広報の制作ディレクターを経験後、新組織の立ち上げや自社の宣伝を担う。2010年、アパレル企業である株式会社クロスカンパニー(現:株式会社ストライプインターナショナル)に移り、宣伝広報部門の立ち上げを担った後、執行役員社長室長に就任。急成長期にあった同社の組織体制強化を任され、人事・システム・CS窓口など全方位的に体制の見直し・強化をおこなう。その後、2013年6月よりハナマルキ株式会社に参画。

http://www.hanamaruki.co.jp/



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