目次

誰でもできるソーシャルグッドな人生の始め方 / 虹の学校・校長インタビュー(後編)

自由に国境を越えて世界を旅し、必要になれば国の保障を受けられる。私たち日本人が当たり前に享受する豊かな生活を叶えているもののの一つに、「国籍」という身分の証明がある。


タイとミャンマーの国境付近にある「虹の学校」は、国籍を持たない子どもたちのための学び舎だ。政治や経済、人権、貧困など複雑な問題が絡み合う境遇にいる人々は、通常十分な就学の機会が得られない。そのままでは人生の選択肢が著しく制限されてしまう子どもたちを受け入れ、基礎的な教養とともに生きる力を育むオルタナティブ教育を実践、さらに将来の国籍取得までをサポートしている。


そんな活動に人生を捧げる片岡朋子校長は、かつては日本で働く平凡なOLだったという。安定志向で挑戦とは無縁の人生から、一念発起して夢を追いかけた過去がある。2023年1月には、タイ王国社会開発・人間安全保障省から社会貢献賞を受賞するなど、異国の地で活躍する現在に至るまで、いかに自分と向き合い、ビジョンを描いてきたのか。前後編からなるインタビューで伺った。





▼前編

タイ国境の学校に、人生を捧げる仕事は見つかった / 虹の学校・校長インタビュー

▼後編(本記事)

誰でもできるソーシャルグッドな人生の始め方 / 虹の学校・校長インタビュー



かつてそこに国境はなく、ただ平和な暮らしがあった


──そもそもサンクラブリーという地域に国籍を持たない人々がいる背景には、どんな歴史的・政治的要因があるのでしょうか?


ここって本当にタイとミャンマーの境なんですよ。もともと国境が引かれる前は、山岳少数民族の人たちがここ一帯の山で暮らしていて、彼ら彼女らは特に所属する国は無かったんですけども、自分たちの自治を持って幸せに暮らしていたわけです。でも、国境が引かれたのでタイかミャンマーかどちらかに属さなければならなくなった。


そうすると、タイで生まれたけれどそれを証明するものがなかったり、ミャンマーで生まれたけれども戦争がひどかったり政治状態が悪かったりで、経済的に生きていけないからとタイの方に来たり。国境付近のよくある問題だと思うんですけども、そういったタイ人でもミャンマー人でもない山岳少数民族の人たちがたくさん住んでいて、無国籍になっています。



──国籍を持たない人たちは、どんな不便やハンディキャップを強いられているのですか?


このサンクラブリーという地域は、無国籍の人でも普通に生きていけますよという特殊な場所なんですね。山なので面積は結構広くて、人口で言うと10万人ぐらい、登録されていない人も含めるともっと多いと思います。今はもう交通網が発達していて、バンコクのような都市との交流もありますし、インターネットで買い物をしたら宅配便で届きます。


けれども、そこから出ようとしたり、パスポートを持とうとするといろいろ難しくなってきますし、もともと国籍がない人が国籍を持つにはすごくハードルが高い状態です。無国籍で何もIDを持たない人たちが外に出ることは違法になってしまうんです。


ただし、今後国の方針でそれが変わっていくことはあり得ると思います。タイも人口が減ってきているので、働き手が必要とされていますし、どういった政策になるかは政治的、経済的な問題を踏まえたるものになると思います。



自分のみならず、社会や自然にも目を向けてもらう教育


──現在、虹の学校には4歳から21歳まで40名ほどの学生が寄宿しているとお聞きしています。子どもたちは自分たちの人生をどんな風に捉え、学んでいるのでしょうか?


私が今まで接してきたなかで感じていることは、やはり虹の学校に来ているということは家庭環境に何かしらのハンデがあるわけですので、それに対するコンプレックスはすごく持っているということです。無国籍であることに加え、孤児・貧困・育児放棄などの環境に置かれ、どうして私はこんな人生なんだろうという風に思っている子は多いと思います。


じゃあそれは納得はできないかもしれないけれど、抱えながらどう生きていくか、葛藤しながらみんな頑張ってやっている。虹の学校に来たことによって、私たちが伝えようとしている基礎的な教養と、責任感であるとか社会性というものを身につけることができていると思います。


また、虹の学校は自然とともに生きていくという点をすごく重要視しているので、ゴミや環境問題についての意識などは、ほかの村の子どもたちよりも浸透していると親御さんたちから言っていただいていますね。


──環境的なハンデを背負って理不尽さを感じている子どもが、自分の感情だけではなく社会や自然に意識が向けられるようになることは、とても意義がある学びの場ですね。


ありがとうございます。全員がそうなるというわけではないかもしれないですが、そういう子が育っているということは確かです。



──子どもたちと向き合ううえでの難しさはありますか?


私たちが望んでいることを子どもたちが望んでいない場合もあるので、押し付けにならないようバランスを取ることが難しいとは感じます。以前は私も日本人と同じようなレベルになってもらいたいと、やはり少しどこかで思う部分がありましたが、そこは人種も違うし環境も違うので、それを望むのは難しいかもしれないと。みんながみんな大学を卒業することが幸せというわけでもないので、バランスを取っていくことが必要です。


──卒業後、子どもたちはどんな風に生きていくのですか?


いくつか道はあります。地元で家族の手伝いをしたり、何か仕事を見つけたり。あるいは、大学入学を目指している子もいます。


大学を卒業して一定の安定した職業に就く、要はタイのために貢献する人材であると示せると国籍が取りやすくなると聞いていますので、虹の学校の子どもたちにもなるべく高校大学まで一緒に頑張ろうねという話はしています。いつ国の制度が変わるかも分からないので、できるだけ頑張っておくのがいいのではないかと。


いずれにせよ才能や特技を活かして生きることが私自身幸せだと感じるので、子どもたちにもそれぞれどんな才能でもいいので、それを活かした仕事だったり生き方を見つけてもらえたらと思っています。それともう一つ、やはり自然とともにみんなが長く仲良く生きていけるような社会を考えながら生きてもらいたいですね。



循環する学びの場へ


──社会と学校の繋がりについて、非営利団体を運営するうえで社会貢献性とお金のバランスについてどのように考えられていますか?


社会貢献性とお金のバランスというものは、すごく難しいなと思います。やはり質素倹約であって、自分の欲望と社会貢献性をいつも天秤にかけないといけない部分はありますし、そこのバランスを取って継続していくことは本当に難しい。


虹の学校では2018年にクラウドファンディングを立ち上げて、その時は300名の方から900万円というご寄付をいただいて、今の新天地を購入することができました。あとは、新型コロナウイルス感染拡大の影響でもう1か月の運営資金しかなくなってしまった時に、本当に苦肉の策というか知恵を絞って里親制度を立ち上げたわけなのですが、そのおかげで70名の里親様がついてくださって、なんとか危機を乗り越えることができたという経緯があります。


私たちとしては本当に危機で立ち行かなくなった状態のときに、そういった支援を募っています。やはり日々地道にコツコツとやってきた成果があるからこそ、そうして手を差し伸べてくださる方がいるという風に思いますね。あとは、CSRなど社会貢献のために得た利益を使ってくださる企業の方たちとタッグを組んでできることがあるとありがたいのかなとは思っています。


マンスリーサポーター「さとおや」は、月額1000円から特定の子どもを支援できる虹の学校独自の里親制度
支援者はFacebook上のプライベートグループやオンライン上で子どもたちと交流したり、
成長を見守ることができる(法的な里親とはならない)


──実際に里親になられた方は、どんな思いで支援されることが多いのでしょうか?


毎日のSNS(InstagramやFacebook)での発信を楽しみにしてくださったり、実際に虹の学校に足を運んでくださって、子どもたちと交流し、本当に素晴らしい教育だなとか、子どもたちが可愛いなという風に感じていただいた方が里親様になってくださるケースが最も多いですね。


年末には大運動会があるのですが、その時にはライブ配信をしまして、応援合戦で小さい子どもたちが頑張ってお兄ちゃんたちについていくようにチアリーダーの踊りをやっている姿にすごく胸を打たれて、支援をしようと思いましたと言ってくださった方がいらっしゃいました。


里子を見つけられたあとも、子どもたちの成長を定期的にお知らせすることで、快くご支援をしていただけるように努めています。


──虹の学校では、今後どのような存在を目指していますか?


「いろいろな方の学びの場になりたい」ということを、当初から私たちは考えています。子どもたちだけでなく、地域に住む方で学びたい方や、それ以外にも都会の方、世界のいろいろな国の方でもいいのですが、何かしらの学びの場になりたいという風に思っています。


実際それは少しずつ叶っていて、2年前からスタディーツアーを開催しているのですが、バンコクの子どもたちがここへ来て、異文化交流や自然体験をしたりと、良い学びの場になっていると思います。外国からボランティアに来てくださる方もいて、それぞれ何かしらの気づきを得て帰って行かれるようなので、今後もそういった機会を広げていきたいですね。


また、今は小学校課程が中心ですが、既存の教育で培われた視点をもとに幼児教育であったり、中学・高校、あるいはもっと幅を広げていき多方面での学びの場になれたらいいですね。


たとえば、地域でもう大人になっているけれど、まだ字も読めないままの方が勉強したいのであれば、それができるような学習システムを作りたいですし、あとは環境問題に一緒に取り組んでいけるような仲間を増やしたい。自分自身は演劇やミュージカルが好きなので、地域の子どもたちとミュージカルをやるようなアートセンターのような形にもなれたらと思います。




はじめは共感する誰かの手伝いからでもいい


──社会起業やソーシャルグッドな活動に興味があるが、何から始めたらよいか分からないという方は多いと思います。最初の一歩はどのように踏み出すのがいいと思われますか?


私も日本語教師をしていた時、最初はどうすれば社会や平和に貢献するための活動ができるのか分からなかったんですよ。それで本を読んで、まず実際にやっている人のサポートから始めてみようと、玉城さんが開催されていたスタディツアーの通訳として同行したり、本を翻訳するお手伝いをしたりとか、そういうことをまずやっていました。


なので、実際にもう活動している方はたくさんいらっしゃると思うので、自分が共感できる活動に参加してみたりとか、手伝ってみる。そこから始めてみるのはすごくいいと思いますね。


私の場合はそれですぐに「先生をやらないか」と玉城さんから誘っていただいたのですが、やはり何かアクションを起こすと次の道が開くと思うんですよ。自分がアンテナを張っているところが繋がっていくイメージですかね。


──「国籍を持たない人が世界にいる」など、日本人にとっては頭で分かっていても、なかなかリアルなイメージがしづらい世界があると思います。自分の視界を広げるコツはあるのでしょうか?


昔だったら情報を得るのは結構難しかったと思うのですが、今はネットが発達しているので、自分が興味のある記事とかブログとかYouTubeとか、そういったものを見ているうちに自分が何に関心があるのかが分かってくると思うんですよ。関連動画もどんどん出てくるじゃないですか。何を見るのが面白いと思うのか、その時の興味に従ってどんどん扉を開けて、飛び込んでみるといいのかなと思いますね。





 POINT 
・ 日々の地道な積み重ねが、人の心を動かす
・ まずは、共感する活動をしている人の手伝いから始めてみるのもいい



2024.5.16

文・引田有佳/Focus On編集部



▼前編

タイ国境の学校に、人生を捧げる仕事は見つかった / 虹の学校・校長インタビュー

▼後編(本記事)

誰でもできるソーシャルグッドな人生の始め方 / 虹の学校・校長インタビュー



片岡朋子

虹の学校 校長

栃木県出身。慶應義塾大学卒業後、会社員として働いたのち2006年にタイへ渡る。バンコク郊外の私立学校で日本語教師として4年半勤め、2010年より虹の学校・校長に着任。10年以上の年月を虹の学校と共に歩む。現在、夫・子ども2人と共にサンクラブリーで生活。2023年、タイ王国社会開発・人間安全保障省より社会貢献賞を受賞。

https://www.rainbowschoolthailand.com/ja/main/



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