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新卒で事業承継し、スナックママとして働く今 / 坂根千里×GOZEN布田対談(前編)

路地に溶け込むブルーの看板に「スナック水中(すいちゅう)」の文字。東京・国立の夜を淡く彩るその店は、夜の社交場として今日も変わらず佇んでいる。


元はその地に、長年愛された老舗「スナックせつこ」があった。25年間店を切り盛りしてきたママから事業承継(M&A)という形で思いを託された新たなママこと坂根千里は、当時24歳。一橋大学を卒業したばかりだった。店を愛した常連からの信頼を守りながら、同時に新たな客層をも開拓。閉業が相次ぐスナックという産業を、坂根は次世代へと紡いでいこうとする。


Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZENが送る連載「ソーシャルM&Aという人生戦略」。第1弾インタビューとなる今回は、スモールビジネスの事業承継を成功させた起業家として、スナックのママとして、そして1人の女性としての坂根のこれまでとこれからを結ぶ生き方を紐解いていく。(聞き手:GOZEN代表 布田尚大)



Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZEN共同企画「ソーシャルM&Aという人生戦略」では、社会課題解決を目指すソーシャルビジネスや、クリエイター発の美意識あふれるスモールビジネスの領域において、M&Aによって事業、そしてライフキャリアの可能性を拡張させてきたアントレプレナーたちの生き方や意思決定に迫ります。




▼前編(本記事)

新卒で事業承継し、スナックママとして働く今 / 坂根千里×GOZEN布田対談

▼中編

スモールビジネスM&Aを育むための時間軸 / 坂根千里×GOZEN布田対談

後編

事業承継型の起業には「編集的感性」を / 坂根千里×GOZEN布田対談



起業から1年後の景色

矜持を持てる仕事ができている


布田尚大(以下、布田):社会人1年目からM&Aをして起業するという、本当に100人いたら99人は選ばないだろうみたいなことをやられていると思うのですが、そこから約1年経って、最近感じていることや改めて人生について思うことはありますか?


坂根 千里
1998年生まれ。一橋大学社会学部卒。学生時代からスナックを愛し、卒業と同時に東京・国立市の半地下にある9坪のスナック「すなっく・せつこ」を事業承継。クラウドファンディングで387万円の支援を受け、2022年3月に「スナック水中」として同店舗をリニューアルオープン。お店ではママを務め、「ちり」のニックネームで親しまれる。



坂根千里(以下、坂根):去年始めたタイミングではおそらく不安の方が大きかったんですが、この1年で結構いいスタートが切れたなと自信がついてきたように感じています。一方で、大学の友人とか起業家仲間とか違う視点も入れて自分を見ると、もっと加速したいなというある種健全な焦りのようなものはありますね。


たとえば、周りの起業家仲間は大きな額の資金調達をしたり、聞いたことのある企業さんと一緒に何か始めようとしていたりとか、そこはやはり人なので、目標に向かって一直線に伸びていっているかのように見えることもあるんです。自分はスモールビジネスなので本当にコツコツやるしかなくて。


大学の友人に関して言えばそれこそエリートコースに進んで、どんどんキャリアアップしていくような感覚は、こちらではあまり得られなかったり。でも、そこへのルサンチマンというか、引けを取っているような気持ちはこの1年でだいぶ解消されたように思っています。


布田:この前テレビ番組の「ザ・ノンフィクション」にも出演されて、自分も見させてもらったんですが、その時は大学卒業当日ぐらいのタイミングで、周りにはたとえば商社や化粧品会社に行きますという方がいましたよね。そう思えるようになったのは、どういう背景が1番大きいですか?


坂根:おそらく2つあって。耳心地のいいことと悪いことなんですが、いいことを先に言うと、おそらく5年後でも自分がやりたいことをやっているなと思えていることですね。


日々仕事をしているといろいろ思うことがある瞬間もありますが、それでもやはり自分の判断軸で矜持を持てるような仕事ができているという感覚がある。それはこの1年の取り組みで、実際に喜んでくださる方を見たりとか、そこから生まれたものを見ているなかで自信が持てたということが大きいです。


もう1つは、とはいえ売り上げだったり、言ってしまえばメディアからの注目度のようなところもきっと心の支えになっているんだろうなと内心思いますね。



起業は選択肢の1つ


布田 尚大
ソーシャルM&A®️ファームGOZEN代表。スモールビジネス、ソーシャルビジネスの経営とM&Aが専門。2022年、3年間経営 したボディポジティブなランジェリーブランドfeastの事業グロースとバイアウトを実現。現在株式会社feastにて取締役社長としてPMIに従事。株式会社水中メンター/2018.2019年渋谷ファッション&アート専門学校 非常勤講師/日本マーケティング学会会員。一橋大学 社会学部/同大学院 社会学研究科修士課程修了。WSD28期ワークショップデザイナー。1983年東京生まれ。


布田:起業家のような人たちって2パターンいると思っていて。1つは「生まれ変わっても絶対もう起業しかない」みたいな根っからの起業家タイプの人っていると思うんですよね。一方で、いろいろなオプションがあったなかで「ほかの人生もあったけど起業する」という人もいる。自分は後者なんですが、話を聞いていると坂根さんもそうかなと勝手に思っていて。


そんな人が、ある種1年という短いスパンで起業家として腹がくくれたことはものすごく早いのかなと思うのですが、1年間でどんな変化がありましたか?


坂根腹がくくれたタイミングは、個人的には3か月目くらいかなと思っています。最初は副業もやりながらのスタートでした。それは自分がやっぱりこの道じゃなかったと思った時のために、違うルートを2、3持っておきたかったし、やっぱり収入面でも自信がなかったということもあって。


でも、3か月目のタイミングで思ったより売り上げが好調だったりとか、自分が予想していた以上にお客さんに価値を提供できている実感を持てたりとか、そのスピードが速かったなという風に思っていて。ちょうど体力的に副業することが難しくなってしまったこともあり、そろそろ辞めて1本に絞ろうと決断できたタイミングでもありました。


布田よくベンチャー界隈で定型文のように「売り上げは全てを癒す」と言われることがあるけれど、改めてこういった事業承継型の起業でもそこって大事なんですね。



「流す」スキルの重要性


布田:自信という部分に関連して、周囲からの声とかネット上の声とか比較的夜職ということもあってポジティブな声ばかりではないこともあると思うんだけれども、そことの向き合い方や折り合いのつけ方として変化してきた部分ってあるんですか?


坂根:おそらく「徹底的に流す」というスキルを徐々に獲得しているんだろうなと思います。やっぱりネット上でも店でも、ときには耳障りのよくないことを言われたりもするのですが、きっとこのスナックという場の役割そのものが「流すこと」だなと、自分の中で思い直したタイミングもあって。日々流していると、ネット上の声というのも誰でもないし、別にいいやと思えてくる。まだまだ難しいときもありますけどね。


布田:ある種好戦的なことを言う起業家も、実際は見えない部分で結構ダメージ受けていることがあったりしますよね。坂根さんの場合、メンタルを保つコツはあるんですか?


坂根:正直結構しんどいなと思う時もあるんですが、おそらく2つあって。1つは日々脳のキャパシティの中でも、自分のコンディションを一定に保つにはどうしたらいいんだろうと考えている時間が多くて。長い目で見ると、結構それが効いているのかなと思っていますね。もう1つは本当に単純ですが、自分のことを褒めてくれる人と定期的に会う(笑)。



布田:今の話って、ずっと坂根さんの仕事の核にある「強がり女性を癒すものを作りたい」みたいなところともリンクするように感じて、そういう意味で自分自身の経験がビジネスのインスピレーションに繋がったりしますか?


坂根:そうですね、すごくそう思いますね。それこそ私自身がスナックのペルソナだという風に思っているので、じゃあ自分がこういう状態の時に行きたくなる場ってどんな場だろうとか、こういう時にそばにいてほしい存在ってどんな人なんだろうということを考えつづけることなんだなと思っています。



消えゆく店を次なる担い手へ


布田:株式会社水中としては2店舗目の事業承継も決まって、いずれは100店舗というところを目指して頑張っていると思うんだけど、逆に今課題に感じていることや、シンプルに不安なことはありますか?


坂根:10年後100店舗と掲げた地点に向かうにあたって、これから店を引き継ぐ人を採用していくことと、もう1つは承継したいと言ってくださるお店からの依頼をいただくという2つが越えなければいけない壁だと思っています。


スナックママの採用と育成については、スナックママの働くイメージ改善、収入を稼げる仕組みづくり、ストレス解消のケアが肝だと思っています。そもそもママがキャリアの選択肢に入っている人も少ないです。働きがいがあって長く続けられる環境づくりが必須だと考えています。


長年やってきたママさんに関しては、その場を単純になくすとなったとき、スケルトンに戻すだけでも退去費用がすごくかかるはずだったところを、少しプラスになるような形で誰かに譲ることができるとなったら、きっと手を挙げてくださる方はいると思っています。ただ、まだまだその窓口の設定が十分にできていないので、いかに弊社にアクセスしてもらうかがこれからの課題だなと思っています。(中編へ続く)


 POINT 
・ 事業承継型の起業においても、売り上げは全てを癒す
・ 自信やメンタルを保つには、流すスキルも大事



2023.7.27

取材・布田尚大/ソーシャルM&A®️ファーム GOZEN

文・引田有佳/Focus On編集部




▼前編(本記事)

新卒で事業承継し、スナックママとして働く今 / 坂根千里×GOZEN布田対談

▼中編

スモールビジネスM&Aを育むための時間軸 / 坂根千里×GOZEN布田対談

後編

事業承継型の起業には「編集的感性」を / 坂根千里×GOZEN布田対談




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