Focus On
田中慎也
BIJIN&Co.株式会社(ビジンアンドカンパニー)  
代表取締役
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orいつの世も変わらずそこにある普遍の真理。奪い合いではなく、ともに手を取り合い、幸せの総量を大きくしていく方法の存在を信じる人がいる。ミュージシャンから転身し孫正義氏のもとで働くなか、ワープロソフト「一太郎」の独占販売権を獲得。同製品は当時一世を風靡し、開発元のジャストシステム社とソフトバンク社双方に、大きな利益をもたらした。
出版業界に新しい風を吹かせるインプレスホールディングス。その顧問と、子会社である株式会社ICE取締役相談役を兼務。明日の世界のあり方を描く、北川雅洋の人生をかけた挑戦とは。
目次
バンドでギター演奏に明け暮れた青春時代。演奏を通じていろいろな人に影響を与えたり、受け取ったり――誰かとつながることができる音楽が大好きだった。心惹かれていたのは音楽そのものだけでなく、音楽によって、言葉の通じない世界中の人や、もしかしたら宇宙人とさえ心通じ合えるかもしれない。そんな期待があったからだ。
北川氏は、ミュージシャンとして活躍したのち、創業期のソフトバンクに入社。当時まだ社員数一桁だったジャストシステム社と出会い、PCソフト「一太郎」の独占販売権を獲得するなど、孫正義氏の側近として要職を担った。その後、日米イスラエル各国計7社の社長・日本支社代表を歴任。2005年より、東証一部上場のインプレスホールディングスにグループ事業開発担当取締役として参画し、現在は同社顧問に就任している。(同時にデジタル系事業を営む子会社の株式会社ICE立ち上げを牽引。代表取締役社長として同社の成長に貢献したのち、現在は取締役相談役を務める)
インプレスホールディングスの創業者は、かつてパソコン黎明期に一世を風靡した雑誌『月刊アスキー』創刊者の一人、塚本慶一郎氏だ。現在、インプレスグループは出版事業、IT事業を展開し、これまでの枠組みや旧来のビジネスモデルを超えた専門的・先進的知識を共有するトータルメディアとしての機能を果たしている。その領域はIT、音楽、デザイン、山岳・自然など幅広い。
「共鳴共振が起こっている人と一緒に何かしらをする。それを『響働(きょうどう)』って言うんですけど、そんなことに僕はすごく憧れている。そう考えると、もしかしたら音楽とかやっているよりも、ビジネスをしていたほうが、それが実現できるかもしれないと思ったのです」
北川氏が信じる、地球規模で「真のWin×Win」を実現する方法とは。
人と人、あるいは人と情報の間に介在する、書籍というメディア。
戦後構築された日本独自の流通システム「再販制度・委託販売制度」は、全国どの書店でも同じ価格で書籍を手にすることを可能にした(書店で売れ残った書籍は出版社へ返品可能となり、書店の売れ残りリスクもなくなった)。売れる書店、売れない書店の価格の差異をなくすことで、国民の「知」への接点を均等にする。それが、国中の大小書店にくまなく知のコンテンツを供給し広げること、そして日本の文化レベル向上に貢献した。当時日本の書店数は、対人口比で世界最高水準にあったという。
しかし、時代は移り変わり、書店で売れ残った在庫を返品できるというそのシステムは、次第に時代にはそぐわない点が増えていった。現在、「書籍」そのものの価値とは別のところで、出版業界は衰退しつつあるという。
「一番分かりやすいのが雑誌です。書店から出版社に返品された書籍は、再度流通される可能性があります。でも、商品寿命の短い雑誌は、返品後は断裁されることが多い。(書店へ流通させても出版社の売上とならないので)事業として赤字になりやすい」
戦後よかれと展開された「知」の仕組みによって、雑誌が憂き目にあっているのだ。いまや書店で手に取られる雑誌の数は、終戦直後の最盛期から半分程度にまで落ち込んだ。*
しかし雑誌だからこそ、できることがある。たとえば、インプレスグループが擁する月刊誌『山と渓谷』は、日本中の登山愛好家と最新の登山情報をつなぐ、いわば山に登る人のバイブルだ。日本中すべての山小屋と深くつながっている存在は、このような雑誌を除いてほかにない。「登山」や「アウトドアライフ」の文化発展のために、同社の雑誌は唯一無二のプラットフォームとなっている。
「たとえば、すべてのギタリストが『ギター・マガジン』を知っているわけです。すべての楽器メーカーも、練習スタジオも、コンサート関係者も知っており、ギターに関するイベントなどを提案して乗ってくれるのは『ギター・マガジン』という雑誌メディアだからです」
ギター文化を盛り上げる役目は誰が担ってもいい。しかし、純粋にギター文化を新興しようとしたり、ギタリストを育成しようとしたり、専門分野の文化圏をつくるのに雑誌という存在は適している。雑誌は、一定の専門領域におけるプラットフォームでありつづけると、北川氏は語る。
「狭いセグメントのなかの中心軸になれるのは、いまのところ雑誌社しかない。ほかのものに置き換えられない。雑誌というメディアはなくならない方が良いんです」
ただし、雑誌というメディアを残すための形式は、必ずしも紙である必要はない。旧来の出版社のなかから生まれた株式会社ICEは、アプリやWebなど、さまざまなアプローチから、業界の未来を開拓している。
同社が手がける電子書籍レーベル『Quickbooks』も、その一つだ。「デジタルファースト出版」の概念を提唱し、従来のように紙の出版を先に、電子書籍化を後にするのではなく、はじめから電子書籍として出版する。また、集英社との提携により、現在及び過去の漫画作品を無料で読むことのできる漫画雑誌アプリ『少年ジャンプ+』の開発・運営も手がける。
これまでとは違うことを業界内で行う。それこそが、新たな出版の未来と文化発展の土台をつくることになる。
子どものころの不思議な記憶、眠れない夜は空想の世界で遊んだという北川氏。
布団のなかで目を閉じ、横になっている自分の視点から少しずつ抜け出していく。家の屋根が見え、住んでいる町、日本列島が見える、そして宇宙まで視点が広がる。自分が見たことのないはずの景色が見える場所に行くことができた。
そんな風に、見たはずのないものを見たという不思議な感覚があったからか、むかしから見たことのない世の中の仕組み、そして人間という存在までもが気になって仕方がなかった。
「小さいころから科学で実証されていることって、ごく一部だと思っていました。親戚に医者が多かったので話を聞いてみると、実は医学でも、人間のことについて1%程度しか分かっていないのだと言われたんです。だったら宗教というものにも触れてみるしかないと想い、すべての古典的な宗教を僕なりに勉強したんですよ」
世の中の仕組みを支えているものは何か、世の中を本当の仕組みを説明してくれるものは何か。科学や医学だけではまったく足りない。特定の宗教では偏りが生じる。北川氏はその存在を、自然の摂理だと考えるようになった。
「空想の世界なのですけど、いろんな極限の状態になったときに、何が、どの道の選び方が、ものごとの礎になるかなって考えたのです」
法律も道徳も、時代によって最適化されてきた。一夫多妻制が許されていた時代もあれば、現代のように異なる時代もある。そうであるならば、法律や道徳も変化しつづけるのであり、ものごとを判断する不変の基準にはならない。1万年前から変わらずそこにあり、すべての根底となってきたものの存在「自然の摂理」を、北川氏は意識しつづけてきた。
「自然の摂理」というものは、正しいか正しくないかと頭で考えるようなものではない。北川氏の心に強く残る、幼いころの友達との何気ない喧嘩があった。
「小学校低学年くらいのときに、理不尽な形で友達と揉めて、殴られる覚えがないのに殴られたことがあるんですよ。そのときに殴り返そうと思った反面、殴り返したくないという気持ちが自分のなかにあったんです」
体格差があったわけでも、勝敗が見えていたわけでもなかった。胸の内での激しい葛藤の末、最終的には、身体は完全に止まってしまっていたという。
「帰って母親にその話をしたら『あなたは勇気があるよ』と言われたんです。たぶんそのときに、『喧嘩のような方法ではなく、もっと大切な解決方法があるはずだ』と、すごく強く思ったんですね」
理不尽な扱いを受けたときや、自分の大切なものを傷つけられたとき、やり返したいという衝動にかられるのは自然なことだ。しかし北川氏は、やられたらやり返すのではなく、対立そのものが生まれない方法を考え求めた。
「世の中一般的に言われているWin×Winは、1+1=2をどう分けるかという話で。総量2のなかで相手に1.3与えて、自分は0.7を取る、もしくはその逆のパターン。これは長続きしません。本当のWin×Winは、1+1=3になることなんですね」
どちらかが損をする未来があるとなれば、そこには駆け引きが生まれ、パイの奪い合いが起きる。戦争が起こるのも同じ理由からだ。しかし本当に大切なことは「勝ち負け」ではなく、パイを広げるために両者が工夫することなのだと、北川氏は信じてきた。
競争社会を生きる私たち。劣っている自分を認めたくなくて、人より優越感を感じられる事柄に関心は寄っていく。Webでも紙面上でも、日々ランキングや格付けといった表面的指標で互いに優劣をつけ、一喜一憂している。
たとえば、サッカーが得意で、Jリーグに入り日本一になった人がいたとする。誰もがたたえるその人が、交通事故で足を使えなくなってしまったとしたら、その後その人はどう評価されるようになるだろうか。
「その人が本当に素晴らしいのであれば、サッカー以外の分野でも素晴らしいはずですよね。でも、表面的なランキングだけでその人の人生や価値が決まってしまうとしたら、すごくつまらないと思ったんです。人間の価値の指標というものは、もっと大切なものにあると」
何かに秀でている人が、地域一、日本一、世界一といった称号を手にする。しかし、本当に評価されるべきは、そこに至る「道のり」ではないだろうか。その道のりを私たちは「努力」と呼んでいる。
1位を取ったとしても、全体の総和が増えるわけではない。ランキングの順位や、勝ち負けではないところに価値は眠っている。「努力」それこそが人の価値の姿なのだろう。
「到達できるのは、努力している人です。どうしたら解決できるだろうと努力して考えていると、当然研ぎ澄まされていきますから」
世界を変えていくアイディア・発明は、同時多発的に生まれる。これを哲学者のプラトンはイデアと呼んでいた。ライト兄弟も、ニュートンも、エジソンも、誰かが世界的な発明・発見をしたとき、実はそれと近い時期に、何十人もの人々がまったく同じ発明・発見をしているのだという。ただ、その時代に強い発信力をもっている国で、最も中心にいた人の功績として歴史には残る。
「(人類共通の)一つのクラウドのなかに、アイディアが青写真のような形で存在している。そこにアクセスできる権利をもつ人は、努力している人かもしれないし、ほかの理由かもしれないですけど、全世界からオープンにアクセスできる」
本物の作家に聞いても、ほぼ100%アイディアは突然降りてくるものだという。2015年本屋大賞に輝いた小説『鹿の王』の作者である上橋菜穂子氏も、その一人だ。
「その方は筆が遅いことで有名らしいです。なぜかというと、目の映像が浮かんでから、それを書き留めるように文章を書いているんですよ。ストーリーや設定を頭で考えて創っているのではなく、心を澄まして見えている映像を書き留めているらしいのです」
映像が出てこない限りは、書き進めない。自分自身で次のストーリーを考えると、おかしくなってしまうからだという。まさに努力と磨かれた感性によりアクセス可能な状態が創り出され、最高のアイディアを手にしているのである。
「そういう作家は結構多いです。それで賞取っちゃうんですから。なぜかっていうと、描写が細かくてリアルなんですね。だって『見ている』んだから、想像しているのとはわけが違う」
ビジネスの世界においても、クラウドにアクセスする感覚は頻繁にあると、北川氏は語る。
「大切なビジネスディールがあるとしますね。たとえば、事業譲渡を受けるタイミングかもしれないですし、商品を買っていただくってことかもしれない。最初は当然、自分を有利にもっていくことを考えるんですけど、同時に、いま相手がどんなことを考えているかとか、相手が考えていないけど両者にとって本当に大切なことは何かみたいな、その場の表面的なテーマとは違うことをイメージしはじめるんです」
ビジョンのようなものが降りてくる。
「だから、ここは触れない方が有利だとか。どうしてもこれは諦めるしかないかとか。交渉の前にシナリオを描いているのですけど、話をしている最中に、ハッキリとそうしたほうがいい(シナリオと異なることをしたほうがいい)と感じることがあります。そんなんだったら、準備なんかいらないじゃんって話なんですよね」
いままでの経験に従い、準備するも、その通りにならない。なぜか方向性をしめす強いひらめきがくる。まさに、その場で連想し、クラウドにアクセスしている状態だ。結果論だが、そんな状態のときはうまくいかなかったことはないという。
「社会に対して何かをしたいということと、自分を磨くこと、両立しないとできないですね」
日々の努力や、経験の積み重ね、そして自分なりのミッション、いろいろなものが一つになり、重なり合うことでその瞬間がおとずれる。
いま、北川氏が描く世界がある。
紙ではなく最初から電子書籍のみで出版し、読者の反応やニーズをリアルタイムで調査し、次の出版に活かしていく「デジタルファースト出版」。北川氏が代表を務めるICEは、その世界を牽引している。
紙にもWebにも、それぞれメディアとしての価値がある。それぞれの良さを活かした書籍のあり方を模索していくことで、出版の新しい可能性を切り拓こうとする。しかし、歴史の長い会社も多い出版業界。100年以上つづく老舗の出版社などでは、文化にまで昇華されている過去のやり方を変えていくことはなかなか難しいこともある。
「コミックを除くと本格的にデジタルファースト出版をやってるところは私たち以外にいないのではないかと思います。同業他社との研究会とかいろんな働きかけもやってきたんですけど、(デジタルから業界を強くすることを)やっているところが減ってきまして、大手においてもそんなに進んでいない」
紙の本を電子化することしかやっていない限り、電子書籍というものを理解できないし本物にならないと、北川氏は語る。電子書籍は電子書籍で、それに向いた本もあるし、そのための作り方もある。
「ネット業界のなかでも、出版業界のなかでもいいんですけど、一緒に経験や意見を交換しながら実験したりして進められる仲間は、常に探してます。やっぱりいろんな会社でやった方が絶対いいと思うんです」
日本の電子書籍市場は、コミックを除いた場合、いまだ米国の15分の1程度でしかない。
「最初の段階は、競争とかではないと思います。市場を大きくする形にしかならないと。たぶん僕の性格上、市場が過当競合になったら競合じゃない世界に行くと思うんですけど(笑)。競争は競争でも、少しでもパイを広げるような競争だったらいいですね」
本当の意味での「Win×Win」の考え方のほうがストレスも摩擦もないし、それに関わる企業や個人のパフォーマンスが、様々な面において高いということ。そして日本を、世界を進化させる。共鳴する人・モノ・事と出会いながら、証明する道を歩みつづける。
2017.07.27
2020年、国という枠組みを優に超え、地球規模のかつてない動揺をもたらしたCOVID-19感染拡大。ニュースやSNSでは連日情報が錯綜し、見通しの立たない状況のなか、多くの人が選択と行動を迫られた。
世の中で取り沙汰される情報には、当然ながら真偽の不確かなものも含まれる。それでも私たちは情報に頼らずにはいられない。
現代社会における情報との向き合い方について北川氏は語る。
「(この状況を)まず苦難と捉えるか、単なる変化と捉えるか。解釈の仕方によって、どのようにでも捉えられますね」
解釈を変えればいくらでも見方は変わりうる。真実とされる情報も例外ではない。情報とは、そもそもどれも不確かなものなのだということを頭に置いておく必要がある。
「世の中に出ている情報で、完璧なものは一つもありません。全体の世界観の中で1%出ている情報が、最大であるだけだったみたいなことで。残りの99%が赤だったとして、1%が白だから白ですと言い切ることは嘘ではないけど、所詮全体の1%だよねみたいな話が大半です」
近年ではビッグデータやAIといった概念が台頭し、データとしての情報が重宝される社会になって久しい。情報を解析するテクノロジーが発展をつづける一方で、元となるデータを確実に信頼できる状態とすることは難しい。
「最近そういう仕事もちょっとやっていたんです。見ていると元データがいい加減だったり、偏ってると、どんなに完璧な解析手法を使っても不完全な結果が出る。でも、それはいま世の中で真面目に起こってることですよね。そう考えるとコロナも不完全な情報で。いんちきではないけど、一部のデータに過ぎないとも取れるわけです」
きちんとフラットで、必要とされるものも揃った情報は非常に少ない。そして、ある時点で多数を占めるからといってそれが真実とは限らない。世の中に100%正解といえる情報は存在しないのだ。
さらに、仮に目の前の情報が正しいとしても、それを捉える人の視座(どの位置から見るか、どの観点で対象を見るのか)によって、見え方がまったくことなることになる。
在宅を中心とする新しい生活様式や働き方が浸透し、私たちの生活は誰にも予測できなかった形で変化を遂げつつある。
Web会議がここまで急速に普及する未来を語る人がいただろうか。技術的には以前から十分活用できたにもかかわらず、ほとんどの人はそうしていなかった。
人は合理的な判断をしているようで、実際はしていないのだろうか。
「良くも悪くも人間はAIではないので、感覚で判断してるわけです。どれだけロジカルな人も最初は直感です。下手に頭のいい人は、どんな判断をしてもその正しさを導くような解説ができてしまう。ロジックって面白くて、どの結論に至るロジックもつくりだすことができるんです」
たとえば、ある事業の海外進出先を選ぶとする。米国、中国、あるいはほかの国、候補は無数にある。単純に自分が好きな国を選んだとしても、それがベストであると証明するに足りる情報を集めさえすればいい。
そうすれば必要なストーリーを描くことはいくらでもできてしまう。結局、どんな選択をしても正解にできるということだ。
「ロジカルな人というのは、情報を上手に扱える人なんでしょうね。ロジックというのは納得性を高めるためのもので。納得性があると、まとまりやすいのかなとも言えるわけです」
ロジックがあることで、誰もが同じストーリーを使えるようになる。たしかにそれはロジックの一つの機能といえる。ただし、ロジックがあるからといって正解とは言えないし、最適解が一つかどうかは分からない。
不透明な未来に向かう私たちは、今いかに道筋を描くべきなのか。
「割と好きな言葉なんですが、『人事を尽くして天命を待つ』という古い中国の言葉がありますね。結果を目的や方向性として、自分ができることを情熱をもってすべてやる。その上で、結果にはこだわらないということ。これが本当の成功の極意かなと思います」
北川氏いわく、人には2種類のタイプがいる。良くも悪くも結果にこだわることが成功への近道と考える人。もう一方は、「こうなったらいい」というビジョンは描きながらも結果は天が決めることとして気にしない人。同氏は後者を取っているという。
すべてやり尽くしたうえで失敗したのであれば、その時点で「方向性が間違っていた」ことが明らかになる。つまり、それはもう失敗とは呼べないものになっている。
かつて創業期のソフトバンクで働いた北川氏は、孫正義という人物にもその生き方を目にしてきた。
「短期的には孫さんもそれに近いですね。何千億円損しても、ぱっとやめる損切力がある。結果的に一個一個にはまったく執着してないなと。失敗に対する鈍感力がすごくある。『失敗じゃないよ、テストだよ』と、失敗と言うと怒られます(笑)」
失敗は存在しない。そう思う人は、何度でもチャレンジできるのだ。
「成功するまで続けるから成功するわけで。失敗したところで止まってしまうから成功しないのと同じ話ですね。そういうことはすべてに言えるのかなと思います」
成功か失敗かという短期的な結果は重要ではない。何かにつまずくその瞬間でさえ、見方を変えれば、一歩前に進むための新たな礎が築かれている。そうして私たちは不確かな未来を少しずつ切り拓いていく。
ビジョンを実現するため挑戦し、失敗を重ねても歩みを止めない。その結果、仮に思い描いたような未来には到達できなかったとしても、そのことには執着しないこと。逆説的にも、そうある人の方が幸せに到達するようだ。
2021.04.21
文・引田有佳/Focus On編集部
「余分なものを取り除いていくことにより、彫像は完成していく」
―ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni/1475-1564)
サン・ピエトロ大聖堂の彫刻『ピエタ』や『ダヴィデ像』、絵画『最後の審判』を残し、美術界に影響を与えたイタリアルネサンス期の巨匠ミケランジェロ。人々の想像を凌駕する作品を世に生み出し、多くの人を魅了し世界へ影響を与えてきた。
彫刻家のみならず画家、建築家、詩人とあらゆる分野で名を馳せるミケランジェロは、それぞれの技術の総合をもって作品を成立させていた。そして、作品の形は物質から生まれるのではなく物質に先在するものであり、技術の使用とはまったく関係のないことだ、とらえていた。
「最高の芸術家は着想を持たず、大理石自体が着想を削るべき部分でつつみこんでいる。着想に到達できるのは知性に従う手だけだ」
彫刻においての「着想・アイディア」は、知性(技術)を磨いてきたものにとっては、はじめから大理石の中に埋まっている。磨いてきた技術をもって、唯々大理石の余分なところを取り除いていく。それだけの作業なのである。
知性(技術)がなすものが芸術なのではなく、その人が手にした「着想・アイディア」が生み出すものが芸術といえる。それは、知性を磨くもののみが手にすることができる。
だからこそミケランジェロは、寸法を測らずとも彫り進めることができ、そこから「生きている」ような彫刻を誕生させることを可能にしたのである。そう、あたかも命あるものを産み出したかのように。
北川氏が到達し創り出す地は、我々の想像を凌駕するものになる。それは、ビジネスの世界から生まれる知性のみでは成り立たない。映画や絵画、音楽――あらゆる領域を磨くことで「自然の摂理」に到達し、アイディアを手にする。まさに北川氏は、あまたの知性により到達することを許された「作品」を生み出しつづける芸術家といえよう。
文・石川翔太/Focus On編集部
※参考
出版年鑑編集部(編)(2016)『出版年鑑2016』出版ニュース社
Bruno Contardi Giulio C. Argan(1998)『Michelangelo. Ediz. giapponese』Giunti Editore.
株式会社インプレスホールディングス 北川雅洋
顧問
幼少期から音楽やアート、デザイン、写真、メディア、グローバルなものの見方などに強い関心を持ち、青年時代はミュージシャンとして活躍した過去をもつ。創業期のソフトバンクに入社後、孫正義氏の側近として活躍。その後、米国ソフトウェア会社の日本法人社長(本国の本社はNASDAQ上場)やイスラエルIT企業のEVPとなり日本上陸時責任者などを務めた。現在までに、オープンインターフェース社副社長、パシフィックシステムソフト社社長、ブークドットコム社社長、イングリッシュタウン社CEO、エスプリライン社COOなど要職を歴任。現在はインプレスホールディングス顧問及び、株式会社ICE取締役相談役を務める。
https://www.impressholdings.com/