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野々村菜美
バリーズ株式会社  
代表取締役社長
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or2014年、ソニー木原研究所からスピンアウトしたモーションポートレート社から、画像処理技術を強みとして「誰もが使える映像プラットフォーム」を形にしようとする一つの企業が生まれた。
高度な映像管理を誰もが手軽に使えるようにしたいという信念のもと、セーフィー株式会社代表の佐渡島隆平が映像で切り開く“IoTの未来図”とは。
目次
事業のはじまりは、自分の家を建てたときに付けようと思った防犯カメラが、あまりに高価格で割に合わないと感じた経験だった。同じように感じているユーザーは、きっといるはず。そんな思いから、同僚のエンジニア二人(創業メンバーの森本と下崎)に、クラウド直結カメラというアイディアを相談した。
森本:「それだったら、楽勝でつくれますよ」
下崎:「ハードウェアに依存しない組込ソフトとクラウドで、あらゆるモノが繋がるとおもしろいね」
佐渡島:「じゃあ、プロトつくってみてよ」
その瞬間から、未来が動きだした。
ソニー木原研究所からスピンアウトした、画像認識技術のモーションポートレート社。そこにCMOとして参画していた佐渡島氏は、2014年、自らの体験にもとづく一つのアイディアを実現するべく、独立起業の道を選んだ。「クラウド直結カメラ」のアイディアは、クラウドファンディングサイトで予約販売をはじめるやいなや、目標を1134%上回る約800万円が集まった。
創業メンバー3人は全員がモーションポートレート時代の同僚であり、かつソニーとソネットの出身。技術力には自信がある。ソニーグループ内での新規事業の可能性もあったが、あらゆるハードウェアメーカーにも使ってもらえるオープン戦略を推進するため、子会社になるのではなく、ソニーグループから出資を受ける形とした。
「独立した方がスケールして、世の中にとって『ほしい』サービスを創ることができると思ったんです」
画像処理技術で未来を変えていく、佐渡島氏の思いに迫る。
現実は自分が見えている範囲でしか判断できない。セーフィーが描くのは、世の中の映像がリアルタイムにつながり、誰もが手軽に活用できる未来だ。
「たとえばカフェでお茶を飲んでいて、帰ろうかなと考える。外に出るという意思を決めた瞬間に、ドアの向こうは未来になりますよね。そこにもし第三の目があって、駅の混雑具合を知ることができれば、帰る時間をずらすことができるかもしれない。自分の意思ある行動の未来が、第三の目によって広がっていくんです」
カメラを積んで走った車がGoogleストリートビューをつくり、私たちは世界中の風景を手軽に見ることができるようになった。しかし、それは現在ではなく過去の風景だ。
「街中を走っているタクシーにうちのカメラをつけて、そのデータを利活用した方が、よりほしい情報に近いですよね」
もちろん、使い勝手は様々だ。人の数だけ意思があり、場合によって情報の選別は必要になる。
「たとえば、庭に洗濯物を干した主婦が知りたいのは、洗濯物を取り込むべきかという情報だけですし、冬山に行く車を運転するなら、スタッドレスをつけるか否かを判断できる情報がほしいですよね」
天気予報のような全体の予測的未来ではなく、個人が未来を判断するための材料を集める。将来的には、(プライバシーにも配慮し)映像を見なくてもリアルタイムの情報を得られるという世界を牽引する存在になりたいと、佐渡島氏は語る。それは、ソニーも後押ししてくれた未来だった。
メーカー出身者だからこそ、メーカーのかゆいところに手が届く。画一的なハードウェアサービスにはしたくなかった。
スウェーデンのアクシスコミュニケーションズという会社は、ネットワークカメラを初めて世に出した、同領域では世界トップクラスの会社として名を知られている。アクシス社のカメラにSafieソフトが搭載できたことで、つくり手、売り手、ユーザーの三者がWin×Winになれるコラボレーション型のビジネスモデルを一歩進化させることができた。
提携のきっかけは、国交省が管轄する道路交通調査プロジェクトだった。アクシス社がもつ約200種類のカメラを活用できれば、セーフィーのサービスで夜間の道路データをもっと見やすくできる。
「アクシスさんと話をしたら、ハードウェアに組み込めるアプリ領域があり、クラウド(セーフィー)との相性が良かったんです」
セーフィーはソフトウェアにフォーカスするからこそ、あらゆるカメラに繋げられる。それにより、顧客がほしい情報だけを簡単に取り出すことを可能にした。
「既存のハードウェアを利活用することで、無駄な投資をなくして普及の速度をあげたのが特徴です。あらゆるパターンの提携が生まれてきています」
Safieクラウドプラットフォームは、高い技術、使いやすいサービスによってメーカーの投資・開発の必要性をなくし、ユーザーの声をすぐに形にできるクラウドサービス。まさにWin×Winなプラットフォームだ。
そこでは要求される技術領域が幅広い。組込み、画像処理、クラウド、映像配信、セキュリティ、使いやすいアプリケーションと、それらすべてを開発可能なエンジニア集団は、なかなかいなかった。セーフィーの技術力は、国のプロジェクトを動かし、世界的企業さえ驚かせた。
「パソコンが世界的に広がったのも、一つはWindowsというプラットフォームができたからで。セーフィーもWindowsのようなプラットフォームとして、映像のあり方を根底から変えていければと考えています」
ハードウェアメーカーも、ハードウェアだけを売るビジネスから脱却したいという思いをもちつつも、簡単にはできていない。従来のやり方では、インフラ構築が複雑でできなかったが、プラットフォームであることで、メーカーの物売り脱却に寄与できる。
ハードからソフトまで、サービスのあらゆる面を自社でカバーするのではなく、「餅は餅屋」という発想で、得意な領域ごとに技術をAPI*で掛け合わせていく。そうすれば爆発的に広がるし、より身近なところで便利になっていくだろう。(* APIとはApplication Programming Interfaceの略で、プラットフォーム側の汎用性の高い機能を外部から手軽に利用できるように提供する仕組みのこと。https://www.idcf.jp/words/api.htmlより)
安価なサービスをつくったことで裾野が広がる実感がある、と佐渡島氏は語る。防犯以外の映像活用としては、建設現場で現場に行く手間を省く業務効率化に使われたり、インフルエンザで学習塾に来られない子供たちのための遠隔授業、ゴルフの中継と連携した映像コンテンツなど、ユニークな使われ方をされはじめているという。
「みんなが使えた方がいいじゃないですか」
技術力があるからこそ描ける未来。そこには、誰もが映像を手軽に安価に使える、「割に合う」世界にしたいという信念がある。
あったらいいなというアイディアを、実際に形にする。佐渡島氏の経営者としての価値観形成には、祖母の存在が大きく影響しているという。
「うちのばあちゃんは専業主婦でしたが、いろんなことをトライアンドエラーして、自分で様々な商売を編み出していたんですよ」
戦後間もない頃、家の余っている土地が、車がまだ普及していない当時としてはめずらしく駐車場になっていた。「車がたくさん止まるから、車の保険も売ったらいいんじゃないか?」祖母がはじめた保険の代理店業は、片手間でやっていたにもかかわらず、大手との取引を次々に獲得し、事業として成長した。そうかと思えば、急にウナギ佃煮屋をはじめ、いつの間にか百貨店に店を出していたりする。祖母はそんな人だった。
「学生時代から、いつも信念の魔術という話を聞かされていました。『やりたいと思ったら、周りの人に話してみなさい。その反応をみてやっていくと、いつのまにか一緒にやりたい人が集まったり、人脈を貸してもらえたり、アイディアをさらに良くしてもらえるから。信念をもって即行動を続けていたら、なんでもそのうち叶うものよ』と」
佐渡島氏がアイディアを披露すると、祖母は即電話をもって、関連しそうな人に電話し、人を紹介してくれたという。
「やる気があるならやればいいじゃん、やれない理由は、やりたくないからでしょ」
思いがあれば、すぐに行動する、やってみようというチャレンジの積み重ねが、信念につながると、佐渡島氏は学んできたのだ。
世のためのアイディアを考えるのは、昔から好きだった。
「僕はとにかく勉強ができなかった。算数、国語、理科ってほぼ全部だめでした。ただ、社会、政治経済、歴史だけはすごく好きで、世の中ってどんな仕組みで動いているのかに興味がありました」
社会の仕組みを考えるなかでも、「世の中こうすればおもしろくなるかも」という妄想が、楽しくて仕方がなかったという。そこで、「割に合う」仕組みをいつも意識して考えていた。佐渡島氏にとっての「割に合う」とは、ユーザー、自分、ステークホルダー、みんなにとって「ほしい」か、「ほしくない」かという判断基準だ。
「これ世の中に割に合ってるよね、割に合ってないよねってことに対しては、自分ではネイティブな感覚をもってると思っています。なぜかというと、それ以外のことができないから(笑)。プログラミングやってくれって言われたら、全然ダメだし。企画書つくってくれって言われてもダメ、できることがほとんどないのです」
「割に合う」ことが、すなわちビジネスになる。特別な能力がなくても、自分のネイティブな感覚は信じることができる。
「割に合うか、合わないか」
そんな信念だからこそ、世の中が望むものは何か、計算ではなく、やってみて初めてわかることもある。
「創業当初は、自分たちが仮説を立てて狙いに行ったところは、ほぼダメでした。いまの取引先は偶然によるものがほとんどです」
たとえば、通信環境の整っていない建設現場用のルーターとカメラのパッケージ商品や、動物病院の医師が使う映像記録なども、現場のニーズを聞いて初めて生まれた商品だ。
仮説思考が通用しづらいと考えるようになったのは、そんな因果があるからだという。これまでのビジネスを取り巻く環境とは異なり、テクノロジーの進化や利用者の情報量が増えたことで、プロダクトの新陳代謝も早くなり、社会の変化が早くなっている。変化が激しいため、順列組み合わせ(想定できる仮説)が多すぎる。
だからこそ、時代の流れとして「大手企業の仮説思考で一つのアイデアを想定したものが社会に広がる」ことが少なくなってきている。同時に、試行錯誤のスピードが早いスタートアップのプロダクトが、進化しながら大手を凌駕することも起きる。
仮説を立てることにこだわりすぎず、信念をもって、時代に合わせてトライしてみること、チャレンジの優先順位をつけてやっていくことが、これから真に進むべき未来を見出すための近道になるのだろう。
2017.07.10
文・引田有佳/Focus On編集部
1776年、アダム・スミスは『国富論』において分業のメリットを語り、現代経済学の礎を築いた。その論考では、ピンを製造する作業の事例から、工程全部を1人の人間が担うのと10人で分担するのとでは、効率が全く違うことが語られた。また、そのメリットを享受するためには、10分割したものそれぞれを調整する「調整メカニズム」が必要であるとも。
佐渡島氏の描くセーフィーの姿は、メーカーとテクノロジーをつなぎ、世に価値を創り出すプラットフォームだ。
現代においては、分業された個々(メーカーや技術保有企業など)が高度に技術化したことにより、お互いの領域を理解することが難しくなり、分業・役割分担が孤立化をはじめている。だからこそ、高度に技術化されたそれぞれの役割を孤立させず、それをつなぐことで価値へと変えていく機能が求められる。
その役割こそが、セーフィーではないだろうか。高度に技術化された世界で、テクノロジーに歯止めをかけず、そこに「掛け算」の価値を生み出すことを可能にすること。まさに、人々が技術の価値を享受するための「現代の調整メカニズム」となっている。
アクシス社やソニー社など世界トップの技術を持つ企業、のみならず官公庁までもがその存在と未来に賛同し、ともに歩みを進める選択をした。自宅のカメラからはじまった立ち上がったばかりの企業へ、それぞれの未来を預ける選択をした企業と国の意思決定の要因は、セーフィーがもたらすサービスへの「物質的機能」のみへの意思ではないものを感じる。セーフィーの強い信念と、世界レベルの技術に裏付けされた未来への「信頼」があるからこそ、勝ち得ているように思える。
早稲田大学名誉教授の厚東偉介氏は、
「経営学における安定的・継続的事業経営」の基層が、「自己利益の最大化」よりは、むしろ自己利益以外の「相互信頼」が社会的基層に存在していなければ、「分業」……「事業経営」が「社会的な広がりをもたなかった」
と語り、経営哲学においての「相互信頼」の存在と意義を説いた。「分業」において「他人のつくったモノ」が信頼できなければ、分業が社会的に展開され、事業が存続しつづけ、拡大することはないということである。
セーフィーが創り出すプラットフォームはまさにその「信頼」を基層にしたプラットフォームであることは、多くの協業の事例からも明らかである。それゆえに、社会的な意味をもち拡大していく。
セーフィーの存在、そこにはその機能と精神性にあるべき姿としての、新たな経済のはじまりを感じる。
文・石川翔太/Focus On編集部
※参考
厚東偉介(2012)「経営哲学における『分業』の基層」,『早稲田商学』(431),pp.77-136,早稲田商学同攻会,< http://www.waseda.jp/w-com/quotient/publications/pdf/wcom431_03.pdf >(参照2017-7-10).
セーフィー株式会社 佐渡島隆平
代表取締役社長
学生時代から起業を経験し、2002年ソネット入社。2010年からモーションポートレートを経て、2014年10月セーフィーを創業、現職。兵庫県出身。
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